日々、続々と続いていく

 

 

 

 

 

毎日が、なんとか過ぎて、なんとか1日を過ごして、また次の日をなんとかして過ごす。

過ぎ去ったあまり味のしない日々も、いつか思い出すときには味がついているだろうか。

 

 

最近毎日がしんどくて、また他者がダメになってきている。

悪意がそこらへんにあって、悪意を生んでしまう。

 

 

人間としての赤ちゃんを産む、ということを、わたしはしないと決めている。

わたしは、たとえ妊娠したとしても、決して産みはしない。そんな決意。欠陥した決意。

異常だ。女として、生物として、異常だ。

私の今の職場には、妊活中の女性が2人いて、産休中の女性が1人いて、子育て中の女性が3人いる。

そんな中、わたしは絶対に子供を産まないと決意している。理由は明確に、育てられる自信がカケラも無いからだ。私から産まれてしまう人間にはきっと後悔しか与えられないし、死にたい人間から産まれる不幸を、そんな悲しい不幸を授けたくないからだ。産まれたくなかったわたしから、何故産まなくてはならないのか。

 

幸い、昨今は自由意志が尊重されつつある。

だから、子供を産まなくても、結婚をしなくても、良いのだ。それも個人の自由なのだ。

 

 

けれども、

 

やはりわたしの中の常識が、詰め込まれてきた常識が、わたしを否定する。

親不孝だと、異常だと、否定する。

 

 

ただ、しあわせになりたい。

それはわたしにはとてつもなく難しく、意外と簡単だったりもする。

 

 

 

ああ、悪意の話だったのにね。

とにかく、最近の毎日は質が悪い。

土日が忙しくて、目が回るよう。

それに対して店長の機嫌も悪く、それを受けて職場も空気が悪くなる。

負の連鎖だ。

 

そんな日々から少しでも逃避したくてブロンをキメ続けている。

薬疹が止まらない。喉の渇きも、悪夢も。

 

それでもわたしはなんとか日々を過ごしていかなくてはならなくて、どうにかドーピングしている。ああまた、仕事辞めたくなってきちゃったな。あーあ、あんなに良い職場だったのに、今や見る影もない。なんで?

 

 

 

とりあえず明日、またがんばらなきゃね。

 

 

 

 

 

 

今日の日記

 

 

 

朝起きた時から、気持ち悪さがあった。

なんとかしじみの味噌汁を飲んで出勤した。

出勤して早々に仕事をミスって、エリアマネージャーが来てて、キャパオーバーになった。

雨のせいか、店内は蒸し暑い。

 

 

 

 

「ちょっとお姉さんいい?!」

イラついたおばさんが作業中のわたしに無理矢理声をかけてきた。

全然良くないけど行くしかない。

 

 

 

色々説明して(特定が怖いから書かないけど接客業)値段が高いとややキレられる。

夫婦で来てたから旦那が買うのかと思って話しかけたら「はあ?俺じゃないでしょ」とキレられる。

アルコール除菌したあと、手持ちのタオルで拭いたら

「そんな何回も使ったので拭かないで汚い!」とキレられ、もうメンタル限界だったので手が震える。

なんとか「申し訳ございません」と絞り出した。コットンと除菌スプレーで再度除菌。これでもかと拭いた。

 

「なんかごめんなさいね。」謎に謝られる。

じゃあ最初からキレんなよと思いながら、

「とんでもございません。申し訳ございませんでした。」とこちらも謝る。

なんて無意味な会話だ。腹が立つ。

 

 

その後も意味のわからない夫婦のちょっとした言い争いに挟まれながら居た堪れない気持ちになる。

どうやらおばさんは更年期のようだ。感情の起伏とイライラがまさにそれ。迷惑。

 

 

 

最後までめんどくさくて無理!となり、ついエリアマネージャーや先輩に愚痴る。

普段あまりそういうことがないので、感情がバラバラと崩れてしまった。

愚痴る自分にも自己嫌悪。引きずる。

 

 

その後、エリアマネージャーの圧にみんなピリピリしながら働く。

吐きそうだ。泣きそうだ。

いちいち監視されていて、ちゃんとしているのに悪いことをしているように感じる。

 

いつも以上にがんばることは苦ではないけど、不調な時にいつも以上のがんばりをすることはとてつもなく難しい。

 

しんどい。

 

いつもの倍、安定剤を飲む。

解決はされなかった。

気休めにもならなかった。

こんな日もある、と思わなくてはならなかった。

 

きっとみんなそうやって生きているのだから。

 

 

 

 

そんな、ダメダメな1日の日記。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3ヶ月ぶりのでかい鬱

 

 

 

それは環境の変化と一緒にやってきた。

上手くできない自分とうまくできる自分に挟まれてしまって身動きが取れず、開放されたくてとてつもなく死に救済を求めている。

死にたい。

楽になりたい。

やめたい。

何もかもわずらわしい。

かなしい。

 

 

 

不条理で、人間は決して分かり合えず、かなしい。

わたしの気持ちはわたしにしかわからない。これを伝える術はない。死にたい。

 

リスカしたい。楽にはならないだろうに。

やがてくる夏に、わたしは怯える。

わたしの左腕は、半袖向きではない。

 

何か世界に遺したい。

文章でも、このちっぽけなブログでもいい。だれかの何かになりたい。

わたしはわたしだけど、仮想神にでもなってやりたい。

 

 

ちゃんとしたいけどできなくて、愛されたくて仕方ない。かなしい。

愛されたくて愛すけどそれはいつまで続くかな。愛には、執着には、賞味期限があるのだ。

 

薬をとりあえず片っ端からのんで、まどろみからブログをかいている。

 

死にたい死にたい終わりたいごめんなさい。

 

また死装束の白いワンピースでも探そうか。

 

 

 

 

 

 

 

アカウント消して仮想自殺リスカ然り

 

 

 

 

Twitterアカウントを消して仮想自殺した。

もちろんリスカもした。

 

他者に感情をぶつけられて、どうしようもなくて死にたくなったからだ。さようなら、ネットのわたし。せめてお前だけでも殺してあげる。殺してあげられる。衝動的にビルから飛び落ちて何もかもめちゃくちゃにしてやりたいけど、それは雨だからできなかった。それは田舎で高いビルがそうそうないからできなかった。そんな言い訳で。さよなら。

 

 

でもさ、知ってた?Twitterアカウントは30日以内なら復活できるの。生き返るんだよ。すごいよね。仮想自殺にはもってこいだよね。ウケる。

 

 

腕をまた傷だらけにしてシピシピ痛む腕を愛おしく、流れる血を煩わしく思う。

低気圧で頭は痛く、吐きそうだし生理で腹痛、満身創痍。ああ、肉体から解脱したい。

どうしてうまくいかないんだろう、やっぱりわたしはうまくいかないのがデフォルトなんだろうな、悲しいけどお似合いだ。

 

 

 

 

 

 

未練

 

 

 

 

 

この世の未練として、一番は祖父だった。

わたしが自殺したら一番に悲しんで、一番に悔しくて一番に生きていく気力を無くしてしまいそうだった。

そんな祖父が亡くなった。事故みたいなあっけない死に方だった。死に目には会えなかった。痛いつらい思いをしていないといいなと願う。

 

 

花が好きな祖父だった。

だからよく花を贈った。祖父が見たことない花だ、とてもきれいだと喜ぶ姿が嬉しかった。

亡くなった今でも花を仏壇に贈っている。祖父が好きな薔薇も、祖父がまだ見たことなかった花も贈っている。棺桶の寂しいけど綺麗な花じゃなくて、わたしが選んだ珍しい花を贈っている。

 

 

そんな未練がない今、けれどわたしはしあわせで、死にたいなんて頻繁に思う暇がないくらいしあわせで、ああ、それを祖父に伝えておけばよかった。ウェディング姿もひ孫も見せてあげられない孫だったけど、出来る限り愛を愛で返してきたつもりだ。

 

きらきら輝く無敵の魔法をあびていた幼少期のわたしを大事にしてくれた数少ない人。

死にたいのに無理して笑って死にたくなんかないみたいな顔をしていたけど、本当の本当は死にたくてたまらなかった。どんな時も。

でも死ねなかったのは、勇気がなかったのもあるし、一番悲しむ祖父のことを思ってだった。

そんな祖父がいないのに、わたしはもう死にたいと頻繁には思わないなんて、なんて皮肉だ。悲しい皮肉だ。

 

 

 

けどふと、しあわせに疑問を感じるときもある。

いつまでもふしあわせに浸ってきたわたしだから、しあわせなんてお似合いじゃなくて、それはそれは惨めだ。